超高齢化社会が進む日本では、高齢者の4人に1人が認知症またはその予備軍といわれており、今後ますますその増加が予想されます。
そこで、不動産処分と認知症の方の関係をこの記事ではお話したいと思います。
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認知症の方が不動産を売りたい場合
一般的なケースとして、認知症の親を施設に入居させる費用を捻出するために親の不動産を売却してあげたいというニーズがあります。
しかし、このケースで認知症の親や認知症の親を代理して子供が行った売買契約は、後日、無効になる可能性があります。
第二節 意思能力
第三条の二 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
無効な契約に基づいて不動産登記申請はできませんので、登記を誤ってしてしまったなら後々抹消することになりますし、そもそも売買が成立せず登記申請もできません。
誤って売買手続きをすすめてしまうと、すべてなかったことにするために当事者全員が多くの損害を被ることになるわけです。誰にもメリットはありません。
認知症になってしまった状態では、成年後見人の協力のもと、不動産を処分することとなります。まだ成年後見人がいないのであれば、家庭裁判所に成年後見人選任の申し立てを検討することになるかと思います。
ただし、不動産を売却するという目的が終了しても成年後見人の業務は永続するという制度上の問題点は残ります。
なぜ認知症だと不動産売却はできないか
認知症の方がなぜ不動産売却ができないかというと、「不動産を売る」「対価としてお金をもらう」ということがどのようなことかを理解できないのであれば、法律行為(契約)はできないというごく当たり前の考えからくるものです。
例えが悪いかもしれませんが、生まれたての赤ちゃんに不動産営業マンが不動産売却の話を持ちかけ、赤ちゃんの手をつかんでハンコを押させたとして、その契約は有効ですか?という話です。当然無効だと普通の人なら考えますよね。
これが法律上、意思能力を有していないという状態です。
まれに「精神疾患があり、判断力のない親族から不動産を譲り受けたい」というご意見を耳にしますが、それはもらうのではなく、奪う行為であり犯罪なので注意してください。
軽度の認知症でも不動産は売却できないか
認知症の種類によっては、日時場所によっては意思がはっきりしているタイミングということもあるかと思います。
そういったときに不動産売却が可能かということですが、その点については不動産売却に関わった司法書士によって判断が分かれるところです。
例えば、認知症の疑いのある方が売主の場合には医師の診断書をとってきてもらい、医師の診断書においてまず問題ないとのことであれば、ご事情を聞いた後、認知症の方の推定相続人全員に「認知症の方が亡くなったら受け取ることになるであろう不動産がこの価格で売却されてしまいますが、後日売却について文句を言いません」といった内容の同意書を書いてもらい、後々のトラブルを予防したうえで売却をすすめて良いと判断するという対応をとることもあるでしょう。
ただし、これはレアケースです。原則として成年後見制度の利用をアドバイスすることになるかと思います。
司法書士を介さなければ、登記はできるのではないか?
例えば、司法書士に登記申請を断られたからと、精神疾患のある親族が契約したように見せかけ、贈与の登記申請を親族達で行うケースが典型例でしょうか。
実際にこれをやってしまう人がいますが、犯罪です。
刑法
(公正証書原本不実記載等)
第百五十七条 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
3 前二項の罪の未遂は、罰する。
登記は実体を反映させて公示するものであり、意思能力がないことが明らかな者が自分で登記申請を行ったように見せかけたという点が、虚偽の申請をしたと評価されるでしょう。
登記申請というのは、ただ書類を揃えればいいという手続きではありません。
上記の例で、贈与における登記申請は、意思能力のある当事者が、法律の要件事実にもとづいて法律効果を発生させたことを、登記所にたいして証明する行為です。
これをやってしまうと、後で登記を抹消しなければならないだけでなく、懲役の可能性もあり得るでしょう。
さらに、贈与税、不動産取得税のダブルパンチがあるかもしれせんね。
認知症の方が不動産を売却する場合の流れ
1.家庭裁判所に成年後見人等の申し立てを行う
管轄の家庭裁判所に対して成年後見人等の申し立てを行い、成年後見人等の選任審判をしてもらいます。
最近の傾向としてほとんどの場合、裁判所が選んだ司法書士や弁護士が後見人となります。期間は申し立てから2~3か月ほどかかります。
申立てについても司法書士にサポートを依頼する事が可能です。
2.選任された成年後見人が不動産売却の許可をもらう
認知症の方の居住用の不動産を売却する場合には、後見人といえど勝手に居住用の不動産売却をすることはできません。
裁判所にたいして不動産を売却する理由を説明し、許可をもらう必要があります。つまり、後見人を選任したが不動産売却許可が下りないということがあり得ることになります。ここが最大の注意点でしょう。
成年後見人制度を利用する目的を達成できるかどうかはあらかじめ検討しておく必要があるでしょう。
3.売買契約をする
2.の不動産売却許可決定を条件として不動産の買主と成年後見人が本人のかわりに売買契約を締結します。
注意点
1.成年後見制度を利用したのに、売却できない場合がある
本人に預貯金など財産がほかにあり、不動産を売却する必要がない可能性がある場合には、就職した成年後見人が不動産を売却しないと判断する場合もあり得ます。
また、成年後見人が売却したいと考えても、家庭裁判所が売却許可をださないという場合もあります。ただし、これらは居住用不動産の場合の注意点であって、投資用の不動産などであれば不動産売却許可は不要ですし、成年後見人が売りたがらないということはほとんどないでしょう。
2.すごく時間がかかる
1.家庭裁判所への申し立て準備に3~6か月
2.申し立てから選任審判に2~4か月
3.後見人が業務開始し売却準備するのに1か月程
4.売却許可に1か月程
5.売買手続きをする(許可を得る前に売買契約が必要なため、買い手が探しづらい)
大雑把ですが売却まで約1年くらいかかると考えていいでしょう。
事前に対策はうてなかったのか?
このように、不動産の所有者の判断能力が著しく低下する可能性があり、かつ将来的に不動産の処分を行うことが予想される場合には、事前に次のような対策をうっておくことで、上記のような状況を防止できます。
1.配偶者からの相続開始時などに、不動産の名義を子ども名義にしておく。
この場合の配偶者と子どものそれぞれのメリットでデメリットはこちらの記事へ。
2.不動産の所有者が、健康なうちに「任意後見契約」を締結しておく
任意後見契約とは、ご本人に十分な判断能力があるうちに、判断能力が低下した場合にはあらかじめご本人自らが選んだ人(任意後見人)に、代わりにしてもらいたいことを契約(任意後見契約)で決めておく制度です。
裁判所HPから引用
健康な時に、判断能力が低下した際、後見人は誰に就任してほしいか、財産の処分権限を誰に与えるかなどを、事前に契約で定めておける制度ですね。
例えば、不動産売却について息子と任意後見契約を締結しておけば、将来ご本人の判断能力が低下したことをきっかけとして就任した後見人の息子が、家庭裁判所の許可を得ることなく不動産を売却することが可能です。
ただし、デメリットもある制度ですから、事前によく調べましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
流れをまとめましょう。
1.認知症の方は「意思能力がない」という理由から契約ができませんし、もし契約をしても無効になる可能性があります。
2.認知症の方が不動産を売却する場合は、家庭裁判所に成年後見等の申し立てを行って不動産売却をすすめるという手段をとることになります。
3.居住用不動産の売却には裁判所の許可が必要であり、その許可を条件として不動産を成年後見人が本人のかわりに売買します。
4.成年後見制度を利用した場合でも不動産が売却できない可能性があります。また、この場合売れても売れなくても、成年後見人は辞任できません。
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